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11人とみんなで歌ったユメ語るよりユメ歌おう

 

Aqours3rdライブツアー埼玉公演を3週間後に控えた今日この頃。

いかがお過ごしでしょうか。

 

どうもです。ぶれぶれのジョニーです。

(((((( c(・ω・()・ω・)っ)))))

 

4月27,28日に函館アリーナで開催された『Saint Snow PRESENTS LoveLive! SUNSHINE!! HAKODATE UNIT CARNIVAL』のDAY1公演に参戦してきました。 

 

とても「嬉しい」と感じたライブでした。

 

あれから随分と日が経ってしまいましたが、今日は両公演の最後に披露された『ユメ語るよりユメ歌おう』という楽曲から、私がなぜ「嬉しい」と感じたのか、その感情の理由について考えてゆきたいと思います。

 

 はじめに

「楽曲」って、"想い"の結晶体だと思うんです。

詩を書いた人の想い

曲を作った人の想い

楽曲を歌う人の想い

楽曲を聴いた人の想い

作り手側と受け手側が持つ、"想い"のかけ算で構成されている、「楽曲」

作り手は、受け手へと届けたい"想い"を「限りある言葉」にして並べ、それをメロディーに乗せる。

受け手は自身の環境や思想、はたまた妄想や嗜好などと楽曲を照らし合わせ、作り手の"想い"を受け取る。

作り手と受け手の解釈がほんのわずかでも重なったとき、ようやく作り手と受け手の間で、"想い"を共有することができる。

そこに大きな感動が生まれる。 

 

私は「楽曲の持つ力」というものをこのように解釈しています。 

そして、どんな楽曲にも伝えたい"想い"がある。

最近はそんなことを考えながら曲を聴いています。

 

 

ユメ語るよりユメ歌おう』という楽曲に対する解釈

では、函館UC公演の最後に披露された『ユメ語るよりユメ歌おう』という楽曲に込められた"想い"とは、いったいどんなものなのでしょうか?

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歌詞から"想い"を抽出してみます。

もっとなにか 探して

どんどん 外へゆくんだ

歌いだしのフレーズです。「なにか」という言葉からは、自分がなにをしたいのか、どうなりたいかはわからないけれど、それを見つけたい。探したい!という意志を感じます。つまりここでは「夢を叶えるために飛び出す」のではなく「夢を見つけるために飛び出す」という意味で捉えることが出来ます。

次に「外」という言葉からは『無理だと塞ぎこんだ心≒内』 から飛び出そう!という心情を描写しているようにも見えます。ここの歌詞は、身の回りの環境を変えることで自分を変えたいという想いと、自身の心の殻を破りたいという想いをダブルで表現しているところが好きです。「先」や「未来」といった時間軸主体の言葉では、この感情を表現することはできないですもんね。

 

ユメを語る言葉より

ユメを語る歌にしよう

それならば 今を

伝えられる気がするから!

サビのフレーズです。ここの歌詞は本当に興味深いですね。

まずひとつは、ユメを語る≒『未来』のことを語っているはずなのに、次の歌詞で伝えたいと思っているのは『今』だというところ

もうひとつは、『今』を伝える手段として『歌う』ことを選択をしているというところです。

 

まず、「ユメを歌うことで今を伝える」という意味を持つ歌詞ですが、これは「理想と現実のギャップ」を歌っているのではないかなと考えています。

この詞を綴った人はユメと自分の現在地を明確にしていて、そのユメを追うために『今』を伝えようとしている理想論ばかりを並べるのではなく、今をないがしろにしていないこの歌詞がとても好みです。この歌詞の作り手はドリーマーながらもリアリストなのではないでしょうか。

 

では次に『今』を伝える手段として『歌う』ことを選択をした理由について考えてみたいと思います。

私は『共有』を強く意識したものであると考えています。

言葉というものは自身の"想い"を伝える手段の1つでしかありません。一番手っ取り早いのは話し合うこと、語り合うことですが、他者と"想い"を共有することってなかなかに難しいことですよね。人の価値観なんてみんな違うし、言葉にしてもどれだけ相手に伝わっているのかなんてわからない。

一方で、楽曲が持つ『メロディー』というものは共有することができる。体系的にでもメロディーを共有するだけで、想いは1つになる。そのためこの楽曲の作り手は『今を共有』するために『歌う』ことを選択したのではないでしょうか。

 

 『歌う』ことで『今』を共有し、『今』を共有することで『ユメ』と向き合うことができる。だから、今を共有しよう。

 

今の共有』こそが、この楽曲の届けたい"想い"だと私は思いました。

 

 

テレビアニメにおける『ユメ語るよりユメ歌おう

さて、私は『今の共有』こそがこの楽曲の持つ"想い"だと結論づけた訳ですが、ここまではアニメの内容を度外視したものをでしかありません。そこで、次はいよいよこの楽曲の持つメッセージをアニメの内容と絡めて考えてみたいと思います。

 

#1 輝きたい!! → EDナシ

#2 転校生をつかまえろ → 2年生

#3 ファーストステップ → 9人

#4 ふたりのキモチ → 花丸&ルビィ

#5 ヨハネ堕天 → 善子

#6 PVをつくろう → 3年生

#7 TOKYO → 1年生

#8 くやしくないの? → 1+2年生

#9 未熟DREAMER → EDナシ

#10 シャイ煮はじめました → 千歌&梨子

#11 友情ヨーソロー → 曜

#12 はばたきのとき → 9人

#13 サンシャイン!! → EDナシ

 

唐突にテレビアニメ第1期のサブタイトルとエンディングをざっと並べてみました。

 

 

 

 

 

さぁ、妄想の時間だ。(指パーッン!!)

 

 

 

 

 

テレビアニメ ラブライブ!サンシャイン‼の第1期エンディングテーマ曲として使用されたこの楽曲において

今を共有したいと思ったのは、いったい誰だったのでしょうか?

そして、この楽曲は、作中でどのように作用したのでしょうか?

 

その例が顕著なお話(エンディングを含め個人的に好きな話)をいくつかピックアップして、この2つについて考えてみたいと思います。

 

#2 転校生をつかまえろ → 2年生

まず、今を共有したいと考えたのは誰なのか?という疑問について考えたとき、私は真っ先に千歌ちゃんの姿を思い浮かべました。

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なにかに夢中になりたくて

なにかに全力になりたくて

脇目もふらずに走りたくて

でも、何をやっていいか わからなくて

くすぶっていた私のすべてを 吹き飛ばし 舞い降りた!

ー #1 輝きたい!! より

 

なにかを探していた千歌ちゃんは、スクールアイドルと出会い、ユメに向かって走り出す決意をします。この時点では、『ユメ語るよりユメ歌おう』という楽曲は、スクールアイドルというユメに出会った彼女の想いであると捉えることが出来ます。

しかし、そのなにかを探していたのは彼女だけではありませんでした。f:id:bladebreakjohn:20180511224238p:plain

私ね、小学校の頃からずっと思ってたんだ

千歌ちゃんと一緒に夢中で、なにかやりたいなあって

ー #1 輝きたい!! より

 

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それで、環境を変えてみよう…って

海の音を聴ければ、なにかが変わるのかな…って

ー #2 転校生をつかまえろ! より

なにかを探していたのは曜ちゃんと梨子ちゃんも同じだったのです。千歌ちゃんと一緒に夢中でなにかをやりたかった曜ちゃんも、自身のピアノに対するなにかを変えたかった梨子ちゃんも、目的は違えど想いは一緒でした。

こうして3人で歌われた『ユメ語るよりユメ歌おう』からは『なにか』と向き合うことを決めた少女たちの覚悟が乗せられています。特に千歌→曜→梨子の順番に歌いまわすAメロなんかは、彼女たちが『今』の気持ちを伝えてくれているような感覚すら覚えますね。

もっとなにか 探して どんどん 外へゆくんだ

やってみたら 意外と ハッピー 見つかるもんさ

悩みながら 笑われながら めげない 負けない 泣いちゃう かもね

この後の「でもいいのさ 明日が 見えてきた」というフレーズで、梨子ちゃんが抱えたもやもやを千歌ちゃんが吹き飛ばしているようなところもたまりません。

 

 #4 ふたりのキモチ → 花丸&ルビィ

#5 ヨハネ堕天 と同様、これら2つのお話はひとりorふたりの心情に焦点が当てられているため、エンディングに込められたメッセージは伝わりやすいのかな?と思います。

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その胸のトビラを思いきり開いてあげたいと ずっと思っていた

 

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ルビィね! 花丸ちゃんと一緒にスクールアイドル出来たらってずっと思ってた!

最後の一連のやりとりでは、花丸ちゃんとルビィちゃんが語った"想い"を千歌ちゃんと梨子ちゃんが受け止める形になっています。

でも好きだった やってみたいと思った

最初はそれでいいと思うけど?

私だってそうだよ!一番大切なのは出来るかどうかじゃない!やりたいかどうかだよ!

ー #4 ふたりのキモチ より

2人に向かって放った梨子ちゃんの言葉からは、自らのユメを肯定してくれた千歌ちゃんへの感謝と、スクールアイドルに対する素直な気持ちが込められているように感じます。この言葉で確信を得ましたが、梨子ちゃんはもう千歌ちゃんと共にユメを歌う仲間なのです。

そしてAqoursの仲間に加わった花丸ちゃんとルビィちゃんは、互いの気持ちを確かめるかのように、スクールアイドルに対する憧れを語るかのように歌います。私はエンディングを眺めるにつれ、二人の想いがこの楽曲に付与されてゆくような感覚を覚え「あぁ、本当に二人もAqoursの仲間になったんだ…」と嬉しい気持ちになりました。

 

 

#8 くやしくないの? → 1+2年生

私 まだ何も見えてないんだって

先にあるものがなんなのか

このまま続けても ゼロなのか それとも1になるのか 10になるのか

ここでやめたら 全部わからないままだって

だから私は続けるよ スクールアイドル!

「だから」という言葉に続く強い意志を含んだ言葉からは、なにかを探していた千歌ちゃんのユメを形作ってゆく様子が伺えるようで好きです。

一方で、リーダーとして強くあろうと本音をさらけ出すことに抵抗があった千歌ちゃん。そんな彼女に梨子ちゃんはこう告げます。

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ばかね…みんな千歌ちゃんのためにスクールアイドルをやってるんじゃないの

自分できめたのよ (中略)

みんなで一緒に歩こう

一緒に

ー #8 くやしくないの? より

悔しいという感情を通して、ようやく1.2年生全員が想いを一つにした瞬間だと思いました。

スクールアイドルをはじめた理由は人それぞれです。千歌ちゃんと何かをするため、自分の好きに今一度向き合うため、スクールアイドルへの憧れ等々ありますが、スクールアイドル活動を通して得るもの・得たいものは人それぞれ違います。それでも彼女たちはスクールアイドルとして歌うことに価値を見出しました。千歌ちゃんが語ったユメに惹かれ「私も変わりたい」と自らの意思で踏み込んだ少女たちばかりなのです。だから全員が服のまま海に飛び込めるのです。

#8のエンディングでは、A・Bパートは順番こに、サビは全員で歌われています。「悩みながら 笑われながら」というフレーズを千歌ちゃんに歌わせる演出はニクいですが、このエンディングではもともとバラバラだったみんなの気持ちがようやくひとつになったことを証明するかのようにも聞こえます。Aqoursの6人が歌う「もう逃げないで 進む時だよ 新しい場所へ」という歌詞からは、何度転んでも立ち上がる強さと覚悟が伺えました。

 

#12 羽ばたきのとき → 9人

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だから私は 私の景色を見つけます

あなたの背中ではなく 自分だけの景色を探して走ります

みんなと一緒に!

ー #12 はばたきのとき より

音ノ木坂学院高校からの帰り道、千歌ちゃんとAqoursのみんなは「輝き」に対するひとつの答えを見つけます。それは勝ち負けではなく、自分の気持ちに従って全身全霊で駆け抜けるというもの。そのために目の前の「0を1」にする、というものでした。

千歌ちゃんにとって「輝く」ということは「誰かと手を取り合い、みんなと一緒に輝く」ことです。そして、この時点での彼女の願いは「0を1にする」こと。みんなと一緒に輝くため、全員に"今"の想いを語った千歌ちゃん。そんな彼女の想いに反対する者はいませんでした。そうして円陣を組んだその先で、ようやく全員が「今を共有」したのです。

#12のエンディングは、Aパートから全員が合唱するというものです。その姿はまるで、ようやくその想いをひとつにしたAqoursが、全員が「今」を「共有」したことを「歌う」ことで確かめるかのようでした。千歌ちゃんが掲げたユメのスタートラインに、ようやく全員が並んだのです。

ユメはまだまだこれから。千歌ちゃんから生まれたユメを語る今は、『歌う』というスクールアイドルとして最強の手段で、みんなと共有されたのでした。

 

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さて、テレビアニメ第1期のお話をいくつかピックアップして、はじめに挙げた2つの問いについて考えてみました。これまでの見解をまとめると、現段階での解は以下のようになります。

 

今を共有したいと考えたのは誰だったのか?

千歌ちゃんと、千歌ちゃんの想いに惹かれて集まったみんな

この楽曲は、作中でどのように作用したのか?

みんなが想いを共有したという証明

 

私はラブライブ!サンシャイン!!のOPEDを含めてひとつの物語だと捉えている人間なので、こうも演出を凝られてしまうと好きが溢れちゃって困りますね…

 

 

アニメの枠を飛び出す"想い"

さて、これまでに私はこの楽曲の持つ"想い"について歌詞やらアニメの内容やらから解釈を続けてきました。アニメの放映も終了し今や聞く機会を失いつつあるこの楽曲ですが、最後にもう一つの観点からこの楽曲を理解してみたいと思います。

その最後の観点とは、ライブです。 

 

私は前項に挙げた2つの問いかけに対して、

→千歌ちゃんと千歌ちゃんに惹かれてあつまったみんな

みんなが想いを共有したという証明

といった書き方をしました。

 

そうなんです。

今を共有しあっているのは、Aqourメンバーだけじゃないんです。

この楽曲はどこまでも私たちを置いていったりしないのです。

 

例えばむっちゃんたちが言ったこの言葉。

 

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だから 学校をすくったり キラキラしたり 輝きたいのは千歌たちだけじゃない

私たちも一緒に何か出来ること あるんじゃないかって...

ー #13 サンシャイン!!

地区予選大会を「みんなと一緒に歌う」ことで0を1にしたいと願う千歌ちゃんでしたが、その願いは辛くも大会規則に阻まれます。結果として0を1にすることはできましたが、「みんなと一緒に歌う」という願いは宙ぶらりんのまま。

それでもそのユメは叶います。ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive! 〜Step! ZERO to ONE!!〜公演で披露された『ユメ語るよりユメ歌おう』を全員で歌うことで。0を1にしたあとに、みんなが想いをひとつにしたあとで。

 

一方、理亞ちゃんがルビィちゃんに言った言葉。

 

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また一緒に歌おうね

ー 2期#12 光の海

 

次に会うときがAqoursなのかSaintSnowなのかはわかりません。ラブライブの舞台ではないのかもしれません。それでも理亞ちゃんはルビィちゃんと一緒に歌うというユメを描きました。もしそのユメが叶うのならばそれは、テレビアニメ2期以降の物語≒劇場版か或いはリアルでしか描かれないでしょう。

ですが、あのときの理亞ちゃんが描いたユメを、函館UCの舞台上でキャストさんが叶えてくれました。そのとき一緒に歌った曲も全員が今を共有する曲です。

 

これらが指す意味は何かなのでしょう?

 

 

「わたしたちはここまできたよ」

「あななたちはどう?」

私は、そんな問いを投げ続けてくれているのではないのかなと思っています。

 

語らなくていい。

一緒に歌うことで、お互いの今を確かめあおうよ。

そして前に進もう。

ライブで一緒に歌うことには、そんなメッセージが含まれているのかなと解釈しています。

 

 

 

ユメ語るよりユメ歌おう』という楽曲の歌う「ユメ」とは

ところで貴方に「夢」はありますか?

 

…そもそも夢ってなんですか?

パイロットになりたい。お花屋さんになりたい。お金持ちになりたい。そんな子供の頃に描いたような夢もあれば、部活の大会で優勝したい。テストで満点をとりたい。大切な人とずっと一緒にいたい。なんて身近な夢もあるでしょう。

では、彼女たちが描いた夢はどんなものでしょうか?

輝くこと?

0を1にすること?

学校を廃校の危機から救うこと?

ラブライブで優勝すること?

きっと、Aqoursというグループの描いた夢はたくさんあって、そのどれもに彼女たちひとりひとりの想いが乗っかっています。人の数だけ夢があり、人の数だけリアルがある。そのため私は「彼女たちの夢はこれだ!」と確信をもって言えるものがありません。

でも、だからこそ私は思うのです。きっとそのどれもが確かな夢で、そのすべてが間違いではないのだと。

彼女たちがそのときそのとき描いてきたものは、小さくても大きくてもちゃんと夢なのだと。

 

私の好きな女の子はスクールアイドルに憧れていました。そして親友と共にスクールアイドルをやってみたいという想いを持っていました。自身がスクールアイドルになってからも、愛するお姉ちゃんと共に歌うことを望んでいました。

彼女の描いてきた未来も、そのすべてが夢へとつながるものなのです。

 

だからこそ、ユメに終わりはない。

ユメに終わりはないからこそ、今を大切にする。

 

だから、歌う。

みんなと一緒にユメを歌う。

彼女たちにとってそれがスクールアイドルとは、仲間がいて、仲間と分かち合ってはじめて成り立つものです。そして、彼女たちは『歌う』ことに「ユメ」を見出した。歌うことで夢を叶えられるのだと信じてやまなかった。

 

そんな歌を歌ったものがこの『ユメ語るよりユメ歌おう』という楽曲です。この楽曲は、『歌う』ことに未来を見出した彼女たちにとっての、スクールアイドルにとっての『賛美歌』なのです。

彼女たちの「ユメ」とは「人生を生きること」

この楽曲は人生を「謳った」少女たちの『賛美歌』なのです。

 

 

おわりに

私は函館UCのライブを通して、私は「嬉しい」という感情を抱きました。

それはなぜか。

また一緒に歌おうね

ー2期#12 光の海

この願いが叶ったからに他ありません。

Saint Snow」と「Aqours」が、

今を分かち合う歌で、

我々ファンをも巻き込んで、

この曲を歌ってくれたことが何よりも嬉しかったです。 

 

そしてこの想いを生んだのは、あのとき一緒に歌おうと手を引いてくれた女の子がいたから。 

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歌いませんか!一緒に曲を!

ー2期#8 HAKODATE

グループの違いなんて関係ありません。舞台も関係ありません。函館UCという舞台でで一緒に歌えたことが、何よりもの証明になりえるのです。

...もう彼女達はスクールアイドルだけの、ラブライブだけのつながりではありません。

大好きなメロディーのつながりなのです。

 

 

そして、このつながりをはじめに生んだのは千歌ちゃんです。

あの頃から、みんなで一緒に輝くことを願い続けてくれたこと。

あの頃から、ファンである我々を含めて歌うことを望んでくれたこと。

あの頃から、Aqoursが今を伝え続けてくれたこと。

そして、私の好きな女の子が、大切な友達と共に歌えたこと。

それらすべてがが何よりも嬉しかった。

 

彼女たちはどこまでも、人生と言う名のユメの途中にいます。

テレビアニメの放映は終わってしまいましたが、バトンパスのようにその意思を受け取ったキャストさんたちが、未だユメを追いかけています。

そしてそれは私たちも同じです。

長い人生の一瞬を共有しているキセキを、私は受け止めたい。

だから私はこれからも彼女達と一緒に歌います。

 

 

貴方のユメは何ですか?

 

 私のユメは、

彼女たちの描くユメが叶い続けるよう、最後まで応援し続けることです。

 

もう逃げないで 君と僕とで

進む時だよ あたらしい場所へ

 

「君」と「僕」でね。

 

  

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

オタクが『ユメ語るよりユメ歌おう』で泣いただけの話をするのに9000字もくっちゃべってしまいました...どうもこんにちは、ユメユメのジョニーです...

 

いやあ函館ユニットカーニバル、最高でしたね...ホントはレポ的なのを書いてみたかったのですが、公演の最後に披露された『ユメ語るよりユメ歌おう』があまりにも衝撃的だったので、この楽曲を知るいい機会だと思い一本軸で書いてみました...この楽曲についてもっと知りたいので、貴方の見解も教えていただければ嬉しいです。

 

まあそれはおいといて。

私は、常に更新される彼女達の今を、ファンと分かち合ってくれるこの楽曲が大好きです。これまでAqoursの単独ライブにおいて、1st2days、2nd埼玉1日目、そして函館UC2dayの計5回披露されているこの楽曲ですが、実は私、生でこれを聴くのは初めてでした。なのでキャストさん達と一緒に歌うことができてすごく嬉しかったです。

…つってもぽんぽんが出てきた時点でマフラータオルに沈み、やっとこさ顔を上げても全員で肩を組んで歌ってるもんだから沈みすぎて正直歌どころではありませんでしたが。出るのは涙ばかりで声なんて出てたかもわかりませんでしたが。

とにかく音痴でもなんでも歌えてよかったです。

 

また、ライブに対する価値観が少しだけ変わったライブでした。

ひとつは、ぐしゃぐしゃになりながらでもキャストさんにありがとうと叫んだあの瞬間。1stのとき逢田さんに向けて叫んだときのことを思い出したことです。当時はLVだったので声は届きませんでしたが、今回は頑張れば届く距離。それを意識した瞬間、キャストさんと共有しているこの空間をもっと大切にしようという思いと、いまこの場にいられる感謝を覚えました。

もうひとつは曲目。函館開催ということもあり、正直「もしかしてAwaken the Powerやるんじゃないか...」なんて期待もしていました。結果的に披露はされませんでしたが、最後の『ユメ語るよりユメ歌おう』にぶん殴られてよかったと思っています。

Awaken the powerを演らない理由より、ユメ語るよりユメ歌おうを演った理由を探すようになったから。

個人的にあの場でこの楽曲をやったことは、すごく価値のあることだと思いました。だってSaint SnowAqoursがここで想いをひとつにしたんですよ。Saint Aqours Snowとして今度は一緒に歌うんですよ。3rdライブで披露される(であろう)Awaken the Powerが、今から楽しみでなりません。

 

今まではただはしゃぐだけだったライブの楽しみ方が増えたのはいいことですね。

 

 

こんな直感が予感に化ける瞬間を待ってます。

 

…とりあえず次は3rdライブに向けて身辺整理ですかね。

 

 

 

本当にお読みいただきありがとうございました。

 

 

ぶれぶれのジョニー。

(((((( c(・ω・()・ω・)っ)))))

 

2018.05.19